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2008年2月

牛肉とチンゲン菜の炒め物と長いもとオクラのサラダ

昨日は、牛肉とチンゲン菜の炒め物と、長いもとオクラのサラダでした。

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牛肉を炒めて、一度取り出します。

チンゲン菜を茎から葉の順で入れ炒めたら、牛肉を戻しいれ、塩コショウ・鶏がらスープの素を入れて混ぜます。

最後にしょうゆとごま油を少々回し入れて、混ぜたらできあがり。

しょうゆとごま油を入れたおかげで、香ばしい、おいしい炒め物ができました。

ごま油は少し苦味がありますが、こくが出て、入れるとおいしくなります。

しょうゆと塩コショウの組み合わせも、私は好きです。

普通はしょうゆと塩コショウは一緒に使わないと思いますが、一緒にすると、互いの足りないところが補われて、バランスのいい味になると思います。

塩コショウだけだと少しそっけない味なことがあるし、しょうゆだけだと味付けが物足りない時がありますが、両方使うと、しっかりとして、まろやかな味付けになるように思うのです。

長いもとオクラのサラダは、長いもを縦に切ってお皿に盛り付け、その上に輪切りにしたオクラをまぶし、ポン酢をかけました。

ねばねばとしゃきやきがおいしい、さっぱりとした食べやすいサラダになります。

油っこいおかずの時に、おすすめです。

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ピーマンの肉詰め

昨日は、ピーマンの肉詰めと、油揚げのあぶり焼きでした。

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ひき肉と卵、塩コショウをボウルに入れ、ねばりが出るまで練り混ぜます。

ピーマンを半分に切り、種を取って、小麦粉を薄く振ります。

ピーマンに、肉種を押し詰めます。

フライパンに、お肉のほうを下にして肉詰めを入れ、ふたをして2分ほど蒸し焼きます。

裏返して、裏面も同じように蒸し焼きにしたらできあがり。

肉詰めは、そのままより、しょうゆをたらして食べた方が、おいしいです。

お肉部分が少し固めでしたが、おいしい肉詰めができました。

今回、玉ねぎを入れなかったのですが、やはり玉ねぎを入れた方が、ふっくらとした肉詰めができるように思いました。

それと、今回もピーマンからお肉が離れてしまいました。。

離れないのもあったのですが、違いはなんなのでしょう。

はがれないように、小麦粉はピーマンにまんべんなく振ったのですが・・・。

焼き終わってはがれていると、ほんとにがっかりです。

食べづらいだけで、味は同じですけどね。

油揚げのあぶり焼きは、グリルで油揚げを焼いただけです。

それにしょうゆとしょうがをつけて食べました。

シンプルな味で、とってもおいしかったです。

もう一品が足りないけど、作る時間がない、面倒くさい・・・なんて時に、おすすめです。

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麻婆豆腐丼

昨日は、麻婆豆腐丼と、大根とかいわれのサラダでした。

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結構、麻婆豆腐が晩ごはんのこと、多いなと思います。

ちょっと辛めのものを食べたくなる時があるのと、簡単に作れるのと、マーボーナスよりは油っこくないのが理由だと思います。

豚ひき肉を炒めたら、クックドゥを入れてなじませます。

豆腐を入れて、3分ほど煮込んだらできあがり。

ほんと、簡単にできますね~。

おいしくできて、がつがつ食べてしまいました。

クックドゥは、失敗がないからいいですよね。

自分で、中華の色々な調味料を調合して、1から作っておいしく仕上げるなんて、とっても無理、と思ってしまいます。

そもそも何と何を混ぜたら、マーボーのソースになるのかも不思議。

それと、大体クックドゥは3~4人前と書いてありますが、いつも記載の量よりも、多めの材料を買っても、かろうじて3人前弱分くらいの分量しかできあがりません。

4人前なんて、絶対足りないと思います。

いつもなんでかなあと不思議に思っています。

話は変わりますが、この間、NHKのためしてガッテンで、木綿豆腐の湯豆腐の、おいしい食べ方の特集をしていました。

木綿豆腐も、うまく湯豆腐にすれば、絹以上においしい、というような内容でしたが、私は多分もう何年も木綿豆腐は食べていない気がするし、いつも絹しか使わないので、自分で木綿豆腐を買ったこともありません。

木綿豆腐って、どんな味だったっけ?という感じです。

私は豆腐が好きですが、その豆腐というのは、絹豆腐のことを指していて、木綿豆腐は入っていないと思います。

だって、どうしたって、絹豆腐のつるりとした触感の方が、好きになってしまいますよね。

木綿の方が好き、と言う方がいましたら、教えてくださ~い。

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ハッシュドビーフと大根と水菜のサラダ

昨日は、ハッシュドビーフと、大根と水菜のサラダでした。

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玉ねぎをお鍋でしんなりするまで炒めます。

牛肉を入れて炒め、水を入れ、沸騰したらアクを取ります。

マッシュルームを入れ、15分ほど煮込んだら、火を止めてルーを入れ、さらに10分煮込んだらできあがり。

器に盛った後、生クリームをかけたので、こくがあってとってもおいしいハッシュドビーフでした。

ハッシュドビーフのルーって、ビーフシチューと同じなんですかね。

ルー売り場では、ハッシュドビーフとビーフシチューと、両方売っていますが、成分的にはどちらもデミグラスソースなので、同じなのではないのかなあと思います。

それと、ハッシュドビーフは、シチューやカレーと似ていますが、一番作るのが簡単なので、気が楽です。

シチューやカレーは、具材が多いし、切るのに時間がかかりますが、ハッシュドビーフは、玉ねぎと牛肉を切るだけでいいんですもんね。

サラダは、初めて作ってみた、大根と水菜のサラダです。

大根を細長く切り、水菜と和え、ドレッシングとごま、のりをかけました。

大根と水菜がマッチして、のりとからんでおいしくできました。

とてもさっぱりしたサラダなので、こってりしているお料理におすすめです。

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牛丼

久しぶりの料理ブログです。ごぶさたしていました。

昨日は牛丼とアスパラとヤングコーンのサラダでした。

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牛丼を作るなんて、久しぶり。

私は甘辛いしょうゆ味よりも、塩コショウ味が好きなせいか、普段もあまり牛丼って食べないんですよね。

お鍋にしょうゆ・お酒・みりんを適量入れ、煮立たせたら、玉ねぎを入れ、しんなりするまで煮込みます。

牛肉を入れ、5分ほど煮込んだら出来上がり。

甘すぎない、ほどよい甘辛さの牛丼ができました。牛肉の旨みが出ていて、おいしい!

途中からは卵を入れて、混ぜて食べました。まろやかな味になって、これもおいしかったです。

なんで牛肉と卵って合うんですかね。すき焼きもそうだし。最初に一緒に食べてみた人って、すごいと思います。

だって、あまり混ぜて食べようとは思わない取り合わせですよね。

関係ないですが、この間町を歩いていて、チェーンの牛丼やさんが2軒、並んで立っているところがありました。

後から作ったほうは、なんで隣にわざわざ作ったんでしょうね。それよりも、牛丼やがない土地にお店を出した方が、絶対にもうかるのは明白なのに・・・。

お互い、隣のお店のことを超気にしまくりですよね。あのお客は、どっちに入るんだろ、って。

2軒並んでると、お客が「このお店の牛丼を食べたい」って選んでるのが、はっきりしますもんね。

不思議なチェーン展開を感じた日でした。

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-------------------ビッチー回想録-------------------------

ビッチーがいなくなって、9日が経ちました。

いなくなって数日の、ビッチーのことで頭がいっぱいだった日々からは、少しずつ気持ちも落ち着いてきました。

それでも、外出して家に帰る時、「ビッチーがお腹をすかせてるな」と一瞬考えたり、玄関を開ける瞬間、ビッチーが出てくると感じてしまう習慣がまだ消えず、そのたびに現実を思い出しては、ちくりと胸が痛みます。

また、ビッチーを連れて通っていた病院への道を通ることがあると、闘病の日々がなつかしく思い出されます。

後ろ足が腐っていって、臭い匂いになってしまったビッチー、最後の時、苦しんでもがいていたビッチー、そんなかわいそうなビッチーの場面がふと思い出され、胸を苦しくさせます。

ビッチーは今頃どうしているんだろうか、引っ込み思案だから、天国でもすみっこで丸くなって寝ているんだろうなあ、などと考えます。

そして、時々雲の上から、きょとんとしたあの顔で、私のことを眺めているかな、と思います。

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さよなら

今日は料理ブログは、お休みします。

-----------------再発・・・ビッチーの闘病日記------------------

2月3日(日)再発10日目
この日の夜、家に帰ると、トイレにウンチがしてありました。
1人できちんとできたのかな、と周辺やビッチーの体についていないか見てみましたが、どこも汚れていなかったので、「うまくできたねえ」とほめてあげました。
いつものように夜ごはんに薬を混ぜようとして、1種類の錠剤だけが、もう残り少ないのに気づきました。
「あれ?なんで1種類だけ足りないんだろ?」と思って、薬の入っている紙袋を見ると、なんと1種類は、朝1回だけあげればよかったものだったのでした。
全く気づかず、朝晩2回、ごはんに混ぜてしまっていました。
あせって病院に電話をして聞いてみると、先生は、問題ないとのことでした。ひとまずほっとしました。
それにしても、1種類が1日2回で、1種類が1回なのだったら、間違えやすいので、わかるようにもっと大きく書くなりしてくれたらよかったのですが。。
気を取り直してびっちーにごはんをあげたのですが、なぜか食べませんでした。
「どうして…?」
食べないことは、病体が悪い証拠になります。あせって、手にかつおぶしを取ってあげてみましたが、それすらなめませんでした。
今まで食べなくても、かつおぶしはなめることが多かったのに、と暗い気持ちになりました。
今は気が向かないのかと思い、また後であげてみようと思いました。
なんとなく元気がない様子なのも、気になりました。
と、突然ビッチーは、茶色い汁のようなものを吐き始めました。
顔を前後に動かして、とても激しく、苦しそうに吐きました。必死にタオルで受けてあげました。
ふと見てみると、日中私がいない間にも一度吐いていたみたいで、ビッチーの後ろの奥まったところにも、茶色い液体がついていました。
どうしたらよいかと迷い、病院に電話をしました。
夜9時前で、病院の診察時間はもう終わっていますが、24時間体制の病院なので、いつもスタッフが常駐しているのです。
すると、先生はもう帰ったが、呼び戻すので、連れてくるように、とのことでした。
夕飯を作っている途中でしたが、急いでタクシーを呼び、病院に行きました。
先生は、一通り診察をし、「吐いたのは、薬の副作用と思われます。だからと言って、薬をやめてしまったら、また血が固まってしまうので、やめるわけにもいきません。とりあえず吐き気止めの薬を飲ませてください。」とのことでした。
そして、ビッチーの太ももを触り、「後ろ足でとれていた、脈がとれないのが気になる…」と言いました。
薬の副作用の他にも、今のビッチーの状態だと、吐く原因を考えたら悪いことばかりできりがないそうなのですが、とりあえず処置としては、点滴を流すしかないとのことでした。
先生も、元気のない様子のビッチーに、心配そうでした。
皮下注射をしてもらい、また明日もごはんを食べないようだったら、連れてくるように言われました。
家に帰っても、やはり元気がない様子でした。
金曜日に吐いた時は、その後ごはんを食べたし、元気な様子だったのに、どうして、と思いました。

2月4日(月)再発11日目
この日も朝ごはんは食べませんでした。
ごはんを食べなかったら、病院に連れて来るようにとのことだったので、タクシーを呼ぼうと電話をかけましたが、前日の雪の影響で混んでいるのか、何度かけても話中で、他のタクシー会社に電話をしても、空いていない、とのことでした。
歩いて駅まで行き、バスで病院に行くことはできますが、長時間連れて歩くと、ビッチーの体が冷えてしまうので、できないことでした。
夜だったらタクシーもすいているかと、病院に電話をして、連れて行くのは夜でもよいかと聞いたところ、よいとのことだったので、朝連れて行くのは断念しました。
夜帰ってみると、ビッチーは前の日よりもさらにぐったりとして、その場でおしっこをしてしまっていました。
病院の診察時間内にビッチーを病院に連れて行かないといけないので、急いでそのままビッチーをかごに入れました。
ビッチーは、いやそうに、いつものように「みゃあーん」と鳴きました。
病院に連れて行くと、いつもの先生はお休みの日なので、代わりの先生が診察をしてくれました。
そして、皮下注射をしました。
ビッチーは診察台の上でとてもぐったりとしていて、とても不安になったので、何度も先生に、「大丈夫なんでしょうか?」と聞きましたが、先生は、「うーん…大丈夫とは言えませんが…」と答えました。
代わりの先生で、あまり病気にくわしくないのかもしれません。
私が、「かなりぐったりしていますけど、入院させる必要はないですか?」と聞くと、まただいぶ悩んでから、「まあ今の状態でしたら、必要ないと思います。」とのことでした。
また明日も食べないようだったら、連れて来るように言われ、病院を後にしました。

病院から戻ると、ますますビッチーはぐったりとして、全身に力がないようでした。
それまでのビッチーは、時々動いては向きを変えたりなどしていたのですが、この時から、ほとんど動かなくなりました。
もうとうてい、かつおぶしをなめるような様子ではありませんでした。
とにかく寝て、元気を取り戻してほしいと思いました。
なぜかしっぽが、びっくりした時のように、毛が逆立って太くなっていて、気になりました。
でも呼んだり話しかけたりすると、しきりにしっぽを動かしてくれるので、ちゃんとわかっているんだな、まだ少しは元気があるんだな、とうれしく思いました。
それに、呼吸も乱れていなかったので、少し安心していました。
と、気づかないうちに、ビッチーはおしっこをしていたようで、横たわっていたクッションが濡れていました。
クッションを取り替えて、濡れた足を拭いてあげました。

それからしばらくたって、夜12時ごろ、ビッチーはしゃっくりのようなものを3,4回したかと思うと、赤黒い血を吐き始めました。
顔を激しく振り回し、とても苦しそうに吐き続けました。
必死にタオルをあてがってあげました。
吐いた後、ビッチーはまったく動かなくなり、表情さえもなくなりました。
黒目が大きく開いて、いつものビッチーと違うような、奇妙な印象を受けました。
具合が悪い時は、寝て回復しようとするものだと思いますが、ビッチーは目を大きく開いたままで、寝ないので、気になりました。
「ビッチー?」と呼んでも、もうしっぽも動かさなくなりました。

夜中の2時前くらいから、時々、「ん…ん…」と甘えるような、か細い声で鳴きました。
「痛いよ、苦しいよ」と言っているのでしょうか。
それから少しして、ビッチーは、「うー…うー…」と低くうなり始めました。
今まで聞いたことのない鳴き声です。
それまでは、「これまで2度も助かってきているのだから、今回もなんとか回復してくれるだろう」と思っていましたが、この時初めて、もしや…と思い始めました。
と、うなりながら、ビッチーはとても苦しそうに、前足を蹴るようにして激しくばたつかせ、もがき始めました。
空を蹴る前足を、必死に手で受け止めてあげました。
うなり声も、大きくなりました。
「ビッチー、ビッチー」と呼んでさすってやるしかありませんでした。
「やだよ、ビッチー、ビッチー」胸が詰まって張り裂けそうでした。
それが1,2分続いたでしょうか、ビッチーはふいに動かなくなりました。
お腹に手をやっても、呼吸の動きを感じられませんでした。
何がどうなったのか、信じられませんでした。
なぜか関係のない事柄やメロディーが、頭の中をよぎっていました。
「ビッチーが死んだ…?」とても信じられませんでした。
でもビッチーは、動きませんでした。
「ビッチー、私をおいて行かないで、ビッチー…」胸の中で叫んで、涙が止まりませんでした。
2,3時間くらいだったでしょうか、私はそのまま、ずっとビッチーの姿を見ていました。
目を閉じさせてあげると、ビッチーはただ寝ているだけのようで、とてもかわいい顔のままでした。
ちょっとすれば、もぞもぞと動き出しそうでした。
私の頭の中は、やはりなぜか関係のない事柄やメロディーと現実が、よぎり続けていました。
しばらくしてから、バスタオルの上にビッチーを移動させ、その上にタオルケットをかぶせてやりました。
タオルケットから顔を出しているビッチーは、ますます寝ているだけのようで、かわいくてたまりませんでした。
その姿をずっと見つめながら、涙が止まりませんでした。
少ししてから、少し仮眠をとりました。
起きてから、タオルケットをかぶせられた、動かないビッチーを見て、あらためてビッチーが死んでしまったことを思い出し、また涙が出ました。

ネットで、ペットの葬儀場を探しました。ビッチーの葬儀は、お金がかかってもいいから、できるだけ立派にしてあげたいと思いました。
良さそうなところを見つけ、午前中ならばあいている、とのことだったので、連れて行くことにしました。
まだビッチーの姿を見ていたいし、別れたくないので、早すぎるようにも思いましたが、このままビッチーを横たわらせておくのもつらいので、決心しました。
ビッチーの足を少し折りただんで、いつものかごに入れました。
いつもの病院に行く時のようなのに、違うのだと思うと、悲しくてなりませんでした。
自転車で駅まで行き、電車で葬儀場の駅まで行きました。
葬儀場に着くと、建物の中はとてもきれいで、ほっとしました。
受付で書類に記入するように言われたのですが、途中まで書いて涙が出てきて、うまく書ききれませんでした。
係りの女性が、とてもうやうやしく、ビッチーのかごを台に載せ、待合室まで運びました。
葬儀の準備ができたとのことで呼ばれ、部屋に行きました。
ビッチーをかごから出し、台の上に横たえました。
係りの女性が、「かわいらしいお顔のねこちゃんですね」と言ってくれました。
ビッチーの好きだった固形のエサとかつおぶしを、ビニール袋に入れて持って来ていたので、添えると、係りの女性が器に移し、ビッチーの口元に置きました。
そして、きれいな花をビッチーの体の回りに置き、飾りました。
花に囲まれたビッチーは、一層かわいらしくて、涙が止まりませんでした。
本当に寝ているようで、もしかしたら息を吹き返して動き出すかもしれない、と思い、じっとビッチーを見つめました。
でもビッチーは動きませんでした。
お焼香を済ませると、係りの女性に、「最後なので、なでてあげてください」と言われました。
「最後」…。

こんな時が来るなんて…。とても現実だとは思えませんでした。
なでてあげると、ビッチーの毛はいつものようにふわふわでやわらかくて、死んだとは思えませんでした。
ずっとなでていたかったのですが、きりがないので、係りの女性に、目で合図をしました。
すると、係りの女性は、ビッチーの枕元に立ち、「ビッチーちゃんは、今日、ご家族に見守られ、天国に旅立ちます。天国の前には、虹色の橋があると言います。ビッチーちゃんは、そこでお友達と、楽しくかけずりまわり、遊んでいることでしょう」と話し始めました。
それを聞いて、ますます悲しくなり、涙が止まりませんでした。
そして、ついに台に載せられ、ビッチーは焼却炉の中に運ばれました。
「ビッチーの体が、この世からなくなってしまう…?」とても耐え難いことでした。できることなら、ずっとそばにいたいと思いました。
花に囲まれて、焼却炉の中に運ばれたビッチー、胸が張り裂けそうでした。
ついに焼却炉の扉が閉じられました。
係りの女性に、「焼却まで30分ほどかかりますので、待合室でお待ちください」と言われました。
「ビッチーの体が焼かれてしまう」つらくてつらくてしょうがありませんでした。
30分ほどしてから、係りの女性に、「焼却が終わりました。」と呼ばれました。
部屋に行くと、ビッチーの骨が、台の上にありました。
係りの女性が、「これがビッチーちゃんのお顔の骨です、お顔が小さくていらしたので、骨も小さいですね。これが背骨、これがあばら骨、これがしっぽの骨、これが指骨、これが歯…」と細かく骨を指して、説明をしてくれました。
ビッチーがこんなになってしまったのかと、とても悲しくなりました。
係りの女性に言われるまま、ビッチーの骨を箸で骨壷に入れました。
「何か指骨などは、別に小さい袋に入れて、お包みしますか?」と言われたので、お願いしました。
骨を入れ終わると、立派な袋に、骨壷を入れてくれました。
そして、「愛猫ビッチー之霊 平成20年2月5日没」と書かれたシールを貼ってくれました。
「熱かったと思うので、家に着いたら、水を供えてあげてください」と言われました。
帰りは駅まで、車で葬儀場の方が送ってくれました。

家に帰ってドアを開けると、いつものように、ビッチーが迎えてくれる錯覚がおきました。でも迎えてくれるビッチーはいず、ずしんと暗い気持ちになりました。
骨壷を棚に置き、ガラスの小さい器に水を入れて、横に置いてあげました。
ビッチーは夜中にもおしっこをしていたようで、クッションが濡れていたので、それらを洗濯し、汚れたタオルを捨てたりしました。
そして、時間が経つとますますつらくなるかと思い、ビッチーの用度を片付け始めました。
ビッチーの爪とぎ、ビッチーを暖めるために買ったヒーター板、ビッチーのトイレ、ビッチーのごはんのお皿、水入れのお皿…。
トイレを片付ける時、思いがけず、ビッチーがおしっこをしていた、砂の塊がありました。
月曜日の日中、まだ動ける時にしていたのでしょうか、ビッチーの痕跡にうれしくなり、取っておこうかと思いましたが、それもなんなので、もったいなく感じながら、トイレに流しました。
ビッチーのグッズを片付けると、驚くほど部屋が整然とし、悲しくなりました。
特にビッチーが病気になって机の下を寝床にするようになってからは、そこにビッチーのためにクッションやタオルやヒーター、トイレなどを置き、足の踏み場がないほど雑然としていたのに、その空間に今は何もありませんでした。
「ビッチーはいない。ビッチーは死んだ」あらためて、実感しました。
葬儀の際、係りの女性の言った、「天国の前には虹の橋があると言います。ビッチーちゃんは、そこでお友達と楽しくかけずりまわっているでしょう」という言葉を、何度も思い出しました。
「お友達と言っても、ビッチーはこわがりだから、他の猫がいたら、こわがってすみっこでふるえてるだろう」と少しおかしくもなりました。
天国までは、どうやって行ったかな、ビッチーは後ろ足が動かないから、神様が抱きかかえて運んでくれたかな、それとも羽がはえて、飛んで行けたかな、などと考えました。
葬儀をしたからか、少し気持ちが落ち着いてきました。
スタッフの方が皆丁重で親切で、立派な葬儀をしてくれたからかもしれません。

私は、ビッチーの死因や、月曜の夜に入院させて処置をしていたら助かっていたのか、などを、ずっと知りたく思っていました。
ビッチーは後ろ足が少し動くようになり、回復していくと思っていた矢先だったのに、どうして?という気持ちでいっぱいでした。
結局最終的に、何が原因で死んだのか、はっきりしなかったのです。
先生にそれらの疑問を聞くのと、ビッチーが死んだ報告をしようと、次の日、病院に行きました。
受付の女の子に、「先生に挨拶に来ました」とだけ行って、待ちました。
先生がどんな反応をするのかと、どきどきして待っていました。
すると、「挨拶に来た」という言葉でわかったのか、先生は待合室まで出て来て、「ビッチー、だめだったんですか!?」と聞きました。
「はい。」と言うと、「いつ!?」と聞かれたので、「昨日の午前2時ごろに」と答えました。
すると先生は、「間に合わなかったか…!」と言いました。
「間に合わなかった」と言うのは、自分が月曜・火曜はお休みの日だったので、水曜日に、自分が診察するまで、間に合わなかったのか、ということでしょうか。
私は手短に、月曜日はとても元気がなくなっていたこと、夜病院に診察に連れて来て、帰ったらとてもぐったりしていたこと、夜中の12時くらいに赤黒い血を吐いて、その後は顔の表情もなくなったこと、午前2時くらいにか細くうなり始め、1,2分ほど苦しみだしてもがいたことなどを話しました。先生は、「そうでしたか・・・」と肩を落としていました。
死因は何だったのかと聞きました。
「恐らく血行不良でしょう。また血栓が体のあちこちに出来ていたのだと思います。」とのことでした。
1回目、2回目に吐いた時は、薬の副作用だと言われていたので、薬の副作用ではないのか聞くと、そうではないだろうとのことでした。
薬を多くあげすぎたのがいけなかったのかも聞きましたが、「それはないです、逆にそれくらい薬が効いていたら、こんなことにはならなかったでしょう」と言われました。
「月曜日に、入院して処置をしてもらっていれば、助かったのでしょうか?」と聞くと、「うーん」と少し悩み、「入院しても、一緒だったかもしれません」と言いました。
私は、「入院しても、結果は一緒だった」と、即答されると思っていたので、先生が返事を少し考えたのが、意外に思いました。もしかすると、先生が処置をしていたら助かっていたのかもしれない、と感じました。
「でもやはり私どもは、病院に入院して、そのまま飼い主さんがいない所で死んでしまう、ということは一番避けたいことなので、見取られてよかったと思います。」と先生は言いました。
そして、「そもそも1回目に倒れた時点で、回復したのが奇跡でしたからね、もっともそれがビッチーにとって、よかったのかはわかりませんが」と言いました。
血栓で倒れたら、そのまま死ぬのが普通なのに、ビッチーは生きながらえた、闘病はビッチーにとっては苦しかったのかもしれませんが、それでも私は、少しでもビッチーと一緒にいたい、という気持ちの方が強かったので、生きながらえてくれてよかった、と思いました。私のエゴかもしれませんが。

「でも、ビッチーの治療に一切妥協はしていません。できることは全てやりました」先生は言いました。先生がベストを尽くしてくれていることは感じていましたが、とてもありがたく思いました。
使わなかった薬と包帯、いらなくなったエサを先生に渡して、お世話になったお礼を言い、病院を後にしました。
ビッチーが1月6日に倒れてから、ほとんど毎日のように通った病院、本当に親身になって、ビッチーを診てくれた先生…もうここに来ることもないのだと思うと、悲しくなりました。

病院を後にしてから、先生が、「間に合わなかったか」と言ったこと、入院していたら助かったのか、と聞いた時、先生は少し悩んだことなどを考え、「入院させていたら助かったのではないか」「でも月曜日はあの先生は休みだったし…。」「でも何とか先生に来てもらって診てもらっていれば…」「吐いた後に病院に行っていたらよかったのではないか」という思いが、頭の中をぐるぐるまわっていました。
そしていつも少しして、「いや、今さらこんなことを考えても、ビッチーはもういないのだから、しかたがない」ということに気づくのですが、少しすると、また同じ考えが頭の中を回るのでした。それと、最後の日の月曜日、外出せずに、1日中ビッチーと家にいてあげていればよかったと、とても悔やまれてなりません。

どうしても、どうにかして、ビッチーが戻って来てくれはしないかと思ってしまいます。

2月7日(木)
今日は部屋の掃除をしました。
ところどころにビッチーのトイレの砂が落ちていて、なつかしくなりました。
なぜか、冷蔵庫の上にもビッチーのトイレの砂がありました。
こんな高いところにどうしてあるのかわかりませんでしたが、ビッチーが天国に行く時、足についていたのが落ちたのかな、と思いました。
ころころでじゅうたんのごみを取ると、少しだけビッチーの毛がつくところもありました。
普通ならビッチーの毛が大量に付くのですが、病気をしてからは、部屋を動き回ることはなかったので、少なかったことが、悲しくなりました。
次に掃除をする時は、ビッチーの毛は、全くなくなっているのだろうと思うと、たまらなく悲しくなりました。
ビッチーのグッズを片付けた部屋は、とても広々として見え、まるでビッチーがいなかったかのように思えました。
ビッチーの痕跡がほしくなり、クッションにビッチーのおしっこの匂いが残っていないか、かいでみましたが、匂いは消えていて、がっかりしました。
でも、ビッチーのいた、机の下の掃除をする時、ビッチーがじゅうたんにしてしまったおしっこの匂いが、思いがけず残っていました。
洗剤でごしごしこすって取ったと思っていたので、匂いが残っているとは思っていなかったのです。
普通なら、匂いがしみついていやに思うし、ぞうきんで再度こすって取るのですが、そのいやな匂いに、たまらなくうれしくなり、そのままにしておきました。

外出をした時、白い野良猫がいました。
ビッチーを思い出し、また悲しくなりました。

ビッチーよりかわいいねこはもういないだろう、と思います。
足が動かなくなっても、ベッドに飛び乗ろうとしたビッチー、爪とぎをしようとしたビッチー、色々なかわいいビッチーが思い出されます。
ビッチーがかわいくてしょうがなくて撮った、たくさんの写真が残っています。
それらを見返してみる勇気はまだ出ませんが、いつか落ち着いて見ることが出来る日が来るのでしょうか。
今はまだ、「もしこうしていたら、ビッチーは助かっていたのではないか」という思いにとてもとらわれています。
いつかそれもふっきれる時が来るのでしょうか。

最後に、このブログを読んで、ビッチーのことを心配したり、応援してくれた方々、本当にありがとうございました。
とても励みになり、うれしかったです。
どうもありがとうございました。

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肉鍋

昨日は、肉鍋でした。

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しょうゆ・お酒・みりん・水を目分量で入れ、スープを作りました。

そこに豚肉・白菜・春菊・えのき・しらたきを入れて10分ほど煮込んだらできあがり。

白菜がやわらかくって、スープもちょうとよい味で、とてもおいしくできました。

さて、鍋は今の時期全盛期ですが、お鍋の名称って、よくわからなくないですか?

どういう鍋を寄せ鍋というのか、ちゃんこというのか、私が昨日作ったような鍋は、何鍋と言うのかなど、未だによくわかりません。何か正式な定義はあるんですかね。

なので、いつも鍋にした時は、ブログの題名をどうしようか迷います。

まあ知らなくても、不自由はないから、知らないままなんでしょうがね。

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-------------------再発・・・ビッチーの闘病日記-------------------------

1月31日(木)再発7日目

夜、ビッチーを病院に迎えに行くと、先生に、手術をするか、このまま内科的治療をするか、考えたか聞かれたので、このまま治療をする旨を伝えました。

すると、「もう膝までは、血が流れるしくみができているようなので、治療は投薬だけでよいでしょう。」と言われました。

明日から、もう病院に連れて行かなくてよいことになったのです。

送り迎えの労がなくなり、ビッチーもずっと家にいれてよいことですが、家にいてずっとビッチーを見ていられるわけではないので、少し不安な気持ちもありました。

薬は、血を溶かす薬、血栓ができないようにする薬、心臓の薬の3種類を、飲ませるように言われました。

それと、太もものストレッチをするとよいと言われました。

先生は、「すっかりビッチーがなついてきましたよ。これだけ一緒にいるのだから。」とうれしそうに言いました。

私が「そうですか?」と言うと、「注射をしても何をしても、手を全くかまれなくなりましたから」とのことでした。

私は、一番なつかれている私でさえ、手をかまれることはあるので、かまれなくなったからなついたということはないんじゃないかな、むしろビッチーにとって、先生はいやなことばかりする、敵のように思ってるんじゃないかな、と思いましたが、先生がうれしそうなので、黙っていました。

でも先生がそこまでビッチーに愛着を持ってくれて、うれしく思いました。

次は日曜日に診察に来るように言われました。

家に帰ってビッチーのごはんの支度をしていると、ビッチーが「みゃあ~ん」と、ごはんを催促して鳴きました。

血栓が再発してから、ごはんを催促して鳴いたのは初めてだったので、びっくりしてうれしく思いました。

食欲があるなら、いつもよりたくさん食べてくれるかな、と期待しましたが、量はいつもと変わらず、わずかしか食べませんでした。

処方された薬を、ごはんに混ぜて与えるのですが、薬3種類のうち、2種類は錠剤なので、はさみで砕いて小さくしてから混ぜるのが、少し大変で、時間がかかりました。

でも、薬を混ぜると、察知してごはんを食べなくなってしまう猫もいると思いますが、ビッチーは気にせず食べてくれるので、助かります。

それと、それまではビッチーに病院臭がついたと思っていましたが、後ろ両足が腐ってきて臭いのだと、気づきました。

腐ればなんでも臭いので当然ですが、やはりがっかりしました。

ビッチーは、動かない後ろ足を、今日もぺろぺろなめていました。

何か変だと思ってなめているのでしょうか、なめても治るわけではないので、胸が痛みました。

2月1日(金)再発8日目

この日朝、ガタン、という音がしたので、ビッチーがトイレに入った音かと思って飛び起きましたが(介助をしないと後ろ足にかかってしまったり、じゅうたんにこぼれてしまったりするので)、ビッチーはクッションの奥にいました。

あれ?と思って見ると、なんといつもビッチーが寝転んでいるクッションに、大量の液体がたまっています。匂いをかいで見ると、オシッコのようでした。

いつもは絶対にトイレに行って用を足していたのに、どうして!?とわけがわかりませんでした。

とにかくオシッコのついたクッションを洗い、洗濯し、濡れているビッチーの足を拭いてあげました。

もしや全く動けなくなったのかと思いましたが、その後、少し移動していたので、そういう問題はないようでした。

それまでは、動けなくてもきちんとトイレに行くビッチーを誇りにも思っていたので、そのまましてしまったのは、とてもショックを受けました。

この時、初めて看病疲れを感じました。

それまで、ビッチーを病院に送り迎えするのが、大変だねと言われていましたが、それはそう大変とは感じていませんでした。

特に夜迎えに行く時は、ビッチーに会えて、家に連れて帰れるのがうれしくて、うきうきしていたくらいです。

それなのに・・・。

「でも一番つらいのは、動けなくなってしまったビッチーなのだから」と自分で自分に言い聞かせました。

午前中からお昼にかけて、外出して帰ってみると、ビッチーの下に敷いてあるタオルに、血が2箇所ついていました。結構量は多いです。それに、何か液体で、その辺りが濡れていました。

「ビッチーどうしたの!?」ビッチーを見ると、特に変わった様子はないようでした。

「なんで血が・・・」「私が外出していなければ、もっと早く気づいてあげられていたのに・・・!」少しパニック気味になって、病院に電話をしました。

すると、電話に出たいつもとは違う先生が、吐いたのか、おしっこと一緒に出たのか、口の中とおしりを見るように言われました。

お尻は、汚れていないようで、口の下に、少し血がついていることを言いました。

すると、「猫の場合は、毛を飲み込んだりして吐くことが多いが、今飲んでる薬は、血が出やすくなるので、何かの拍子に吐いてしまったのだと思う。ねこにはあることなので、様子が普通なら、緊急性はないが、心配でしたら、診せに来てください」と言われました。

「心配に決まってるじゃん!」と思って、病院に連れて行きました。

いつもの担当の先生はいないようで、その病院の分院の先生が診察をしてくれました。

いつもの先生でないと、ビッチーの病状などよくわからないのでは、と思いましたが、なぜかその先生はビッチーの病状や、どんな治療をしているかを、よく知っていました。

一通り診察してもらい、問題はないとのことでした。

血と液体のついたタオルを持って行って先生に見せたのですが、液体は胃の分泌液だろうとのことでした。

血を見た時はかなりあせったので、ほっとしました。

担当の先生には、前日に、「あとはどこまで腐るかを見極める段階」という風に言われていましたが、その先生は、「もしかしたら、まだ足先も動くようになるかもしれないからよくマッサージをするように」、と色々熱心に説明してくれました。

そして、「ビッチーちゃんは、前回もあの状態から助かって、本当に珍しいですよ」と何回も言われました。

改めて、ビッチーの生命力と運の良さを、うれしく思いました。

診察を終え、待合室でタクシーを待っていると、いつもの先生が、どこかに外出していて戻って来、ビッチーが診察に来たことを聞いたのか、待合室まで来て、様子を見てくれました。

やはり自分の担当の患者なので、自分で確認しておきたかったのでしょうか、その責任感が、うれしく思いました。

家に帰ってごはんをあげると、やはり少量しか食べませんでした。

うまく歩けないビッチーのために、囲いの低い、トイレ用のトレーを買ってきてあげていました。

もともとのトイレは、囲いが高く、超えるのが大変だったからです。

それに猫砂を入れて、ビッチーに、「トイレはここでするんだよ」と言い聞かせ、そばにおいておきました。

うまいこと、用を足そうとして、そのトイレに行ってくれたのですが、はじっこでしてしまったので、外におしっこが出てしまいました。

クッションカバーにオシッコがついてしまったので、そのカバー(いらなくなったTシャツをかぶせていたものですが)は、捨てました。

朝に続いて、夜もおしっこをうまくできなかったので、がっかりしました。

これだけは、何とかうまくできるようになればなあと思うのですが、私が見ている時はまだしも、見ていない時だとどうしようもできません。

何かいい方法があればよいのですが・・・。

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